再考、オレムの発達的セルフケア要件

発達障害DSMに代表される操作的な疾病分類の普及によって精神科医療において一定の症候学的な位置づけを取得している。私は発達障害を発達的セルフケア要件として扱う事の必要性を手がかりにしてオレムのセルフケア理論を再考したい。発達障害については、「成人の自閉症スペクトラム症に関して言えば、現在は、①見逃しの時期にいる臨床家と、③過剰診断の時期にいる臨床家が混在している現状を表しているのではないかという印象を筆者らは考えている」1)とする論文、「発達障害なのに、 統合失調症と誤診されているケースがある」2)との論文もあり、依然として正確な診断は臨床医にとっても難しい現状がある。このような現状を踏まえて看護師は臨床医に適切な判断の材料となる情報を提供するため、発達障害にみられるような特性が患者にないか注意してカルテを記述する必要性があるのではないかと考える。ところが、発達障害のもつ人の苦悩を山下は「最も多い苦悩は、周囲と違う自分の存在の感覚、就職難をふくむ生活状の困難、対人関係の困難」3)としている。これらの苦悩を普遍的セルフケア項目に当てはめていく事で無理が生じるのではないだろうか。なぜならば発達障害そのものでなく二次障害により患者は入院する。精神症状が改善しても、普遍的セルフケアへのアプローチだけではその人の社会適応の困難は改善されることはない。退院して環境が変われば不適応により症状を再燃する可能性が減じる事はないからである。精神疾患のもつこうした側面が念頭にあったのか、オレムは「発達的セルフケア要件は、当初、普遍的セルフケア要件に包含されていたが、その重要性を強調するためと、数が多く多様性に飛んでいることを考慮して、普遍的セルフケア要件から分離された。」4)とその重要性に言及している。オレムは3組の発達的要件を提示し、特に自己発達への従事の要件の1として「自己洞察、他者認識、他者に対する関係、およびそれらの態度を開発するための熟考と内省の習慣を理解し、形成する。」5)ことをあげる、これこそが広汎性発達障害(High Functioning Pervasive Developmental Disorder、以下HFPDDと略す)として広く発達障害を捉えた時に、その患者が最も障害されている事柄である。そして要件3の「才能を活用し、社会において生産的業務に従事するための準備、維持、支持に関心を持つ。」5)これはHFPDDの人々が社会生活上で最も困難を抱える部分と関係している。要件7の「自己の生活目標や理想自己と行動が一致しないときには、否定的な情緒や行為刺激を理解する。否定的情緒には、罪悪感、自責、および無意識の葛藤が含まれる」5)はHFPDDの人が容易に二次障害となりやすい事と関係する。いったいどうすれば発達的セルフケア要件は満たされるのであろうか。オレムは学習の側面を強調することはないが、発達的セルフケア要件をどうやって人間が再取得するかはスキナーが徹底行動主義で定義した言語行動も含めた応用行動分析(Applied Behavior Analysis 以下ABAと略す)可能な行動の学習においてであると私は考える。なぜならば患者の発達が未成熟であろうと、看護師はABAにおける行動を介してしか発達過程にアプローチ出来ないからである。こうして発達的セルフケア要件を再考してみると、精神疾患の患者は社会適応のため行動変容が必要であり、オレムのセルフケア理論全体が行動変容のプロセスであると考える事も出来る。そしてセルフケア看護理論と行動療法はとても相性が良い可能性も考えられる。熊野はACT(Acceptance and commitment therapy)におけるコミットメントについて「行動療法の世界観、人間観というのは、「人間にとって幸せ なのは、自分が所属している社会のなかで、十分に評価されること」なので、向社会的行動は必須となる。」6)と述べている。オレム理論以降に生まれた行動分析を応用した心理療法は、オレム理論を行動変容的アプローチとして看護計画に落とし込むうえで参考になるのではないだろうか。ここでは本論本論と外れる外れるため深く言及をしないが、薬物療法のターゲットとなる行動もしっかりアセスメント出来ていれば、薬物治療の効果を医師にフィードバックするうえでも役立つ。このような理由から私は発達的セルフケア要件の重要性が再び見直されるべきであると考える。

1) 青木省三編 精神科臨床を学ぶ症例集 日本評論社 2018
2) 根來 秀樹 発達障害なのに、 統合失調症と誤診されているケースがある 精神看護 精神看護 17巻 2号 pp. 46-48(20154年03月)
3)山下 格 精神医学ハンドブック 218項 日本評論社 2010
4) ドロセア E. オレム オレム看護論 第4版 212項 医学書院 2005
5) ドロセア E. オレム オレム看護論 第4版 215項 医学書院 2005
6) 熊野 宏昭 日本一わかりやすい! マインドフルネスと新世代の認知行動療法 精神看護 16巻 5号 pp. 18-43(2013年09月)